演劇教育って知っていますか?海外では「生きる練習」と言われています。

演劇教育って知っていますか?海外では「生きる練習」と言われています。

こんにちは、演技トレーナーの山縣です。
演技のことは言葉だけで伝えることの難しさは重々理解しているところですが、少しでも演技初心者の方や、久しぶりに俳優業を再開する方などに役立ててもらえたらと考えています。

私のモットーとしては、ブレることはありません。
「日本の俳優のレベルを底上げする」
「演技ツールを一般の方に解放し人生に生かしてもらう」

今回はプロを目指す、あるいは既にプロの俳優に向けたお話ではなく、「演技ツールを一般の方に解放して人生に生かしてもらう」ことに繋がる内容になります。
アメリカやイギリス、そしてオーストラリアなどは演劇の授業が小学校など義務教育から入っています。その他の国でも、選択科目などに演劇はつきもので、それほど一般的なことだったりします。

アジアではどうでしょうか。
韓国は2019年より小中高に科目として演劇が導入されました。台湾やシンガポールも演劇の科目がある高校が多くあり、アジアの先進国は演劇がどんどん開けている状況です。
さて、日本はどうでしょうか?
残念ながら10年以上前からずっと「日本が遅れていると」言われ続けながら、未だに未開発地帯のままなのです。

いえ、未開ではありません。
知られていないだけなのです。

みなさんの知らないところで一生懸命活動され需要が少しずつ伸びているのも現状ですが、その甲斐あって、日本という国が気持ち推奨しながら穏やかに動いています。
たとえば、平田オリザ氏や他団体を筆頭に一部の人たちが、ピンポイントな場所で活動し続けているのも事実です。そのおかげで公立大学でようやく演劇が入りました。それが、芸術文化観光専門職大学です。海外の演劇の公立と趣は違いますが、観光や社会貢献に結ばれるようできた大学のようです。

しかしながら、時々話題にはなりますが、どこか「演劇人がやってんのね」くらいのニュアンスでニュースに少し出ては消えてしまっている気がします。
では、改めて、どうして演劇が「生きる練習」として重宝されるのか?
それを見ていきたいと思います。

演劇は子どもの成長過程にとって重要という認識

海外では一般的な「演劇」の授業ですが、音楽や美術の授業のように、「演劇」という授業が普通にあるのが一般的なのは理由があります。

日本の島国の環境下と違って、他文化や人種との交流が必須の国々は、受容し合うことや意見交換、議論と協力・共同のうえ目的達成していくことが必要不可欠な状態にあると言えます。
(このように記載すると、「あれ?日本も今、そんな状態じゃないの?」って思いますよね、きっと。そうなんです、だから遅れていると言えるのです)

その環境下で必要な能力として

「多様なコミュニケーションの対応能力」
「アイデンティティの形成」
「他者とのコミュニティの形成能力」

があります。個性をお互いに受け入れ合いながら、意見を交換したり、何かの目的に向かったりといった社会生活に大切な要素だと十分ご理解いただける内容ではないでしょうか。

1人の意見や力のある多数の意見にとりあえず賛成して、流されていき、事なきを得て終わるような決め方って心当たりないでしょうか?或いはいつの間にか誰かが決めていたので従ったといったこと。成熟した社会において、これって非常に危険な状態なのです。

だからこそ、お互いに関心を持ちながら、他者に関わっていく能力は、個人のアイデンティティの形成に役立ち、社会にまた還元されるのです。また1人の個人が生かされていく世界を認識していきます。そういった力を養っていくものが演劇なのです。

演劇教育は他者を理解し自己肯定感を高める

自分の意見に固執したり曲げないのではなく、「私はあなたの意見を受け入れる、その代わり、あなたも私の意見を受け入れる」というスタンスで、「さぁ双方、目的達成にどのような方法や時に妥協していくのか」といったことが協力・共同作業として育まれることになります。

一人の権力者やカリスマや強要者に従うことでも、戦うことでもありません。

主張して、理解してもらい、自分とは違うことを受け入れ、双方に取って良いところを見つけていくことを発見していく機会がたくさん起こり得ます。

時には説得したりされたりと色々な経験を実社会の前に得ていく時間になるでしょう。

自分のことや自分の意見が受け入れられたとき、人は大きな満足と「ここに居ていいんだ」といった自己肯定感から自信につながるのです。

演劇教育とプロの演劇をするのとはちょっと違う

演劇教育とプロの演劇との究極の違いは、俳優トレーニングのベースや演出家の立場にあります。

プロのトレーニングをするわけではありませんので、プロの俳優としてどんどん伸びていきたい人がいれば、またさらに違ったトレーニングに挑戦していけばいいこと。

それぞれ目的が違うことを認識しておきたいところです。

演劇教育の目的は、先に挙げたコミュニケーション等を発展させていくこと。
プロの演劇の目的は、演技や演目のクオリティの最高峰をお客様に提供すること。
(商業的な意味合いは置いておきます。)

つまり、演劇教育の目的は、演出家に判断が委ねられるプロの演劇とは異なり、参加者たちの共同作業に委ねられることになるのです。
それは困難の連続が想像に難くありませんが、そこを解決や補い合うことで、自分の発見と他者との関わり方の発見を促してくれる素晴らしい機会になる得るのです。
それこそが、社会に出て行く前の予行練習と言われる所以。

演劇教育って言っても、主役がいて脇役がいるって結局は限られた人じゃないの?

このように考えてしまう人がいるようですので、説明しておきたいと思います。
大きな誤解ですね。

演劇の公演は演劇教育の中の10あるうちの1つ。その公演の稽古までの過程が既に演劇教育の大きな要素が詰まっている時間なのです。交流するための練習、自分のことを伝える練習、意見が食い違った時の受け止め方の予習、などなど様々な心のことが育まれていく練習がたくさん詰まっています。

またひとつのステージを作り上げる過程も、小道具や大道具、衣装や舞台装置作成とそれをコントロールすることも含め、誰一人かけることができない協力作業です。主役でも脇役でも、もっと脇役でも、他を埋めるべく作業は有り余るほどあります。
それを持ち前の人たちだけで創っていくことが、ひとつのプロジェクトをトライ&エラーで進んでいくクリエイターたちそのものの姿。

断っておきますが、プロであれば、プロの音響、照明、他スタッフと志と対価で繋がった部分で、間に制作と演出が入り、調整していきますので協力作業とは言え、すべて持ち前でトライしていくこととは全然違ってきます。
しかし、意思や要素を伝え合ううえでプロも、この土台が生きているのは言うまでもありません。

まとめ

舞台は集団芸術です。
その中にあって、生かされた個性は、きっと社会に出ても自信を得ていくものに違いありません。
スマホの中や、いいところだけを切り取った動画や画像、ゲームの中でやり直しやリセット、ストップの効く世界から離れ、現実での対応力が多かれ少なかれ経験される時間となっていくことは分かっていただけましたでしょうか。

ここで私が何かをプレゼンしているわけではなく、「演劇を経験していくことってそういうことですよ」と背中を押したいのです。
その入り口としてシアターゲームから感覚と味わい、研ぎ澄まし、大胆になり、関係を作り、「失敗しながら何か創っていけることがあるんだ」といった演劇創りへと繋がっていくのです。

私も少なからず、力になりたくて、色々と参加しております。
近年では、横浜市の横浜デジタルアーツ専門学校で私は毎年クリエイター授業の枠をいただき、演劇ワークショップをして大変喜ばれております。
大変有難いことに他の学校からもお声をいただきましたので、これからも一般の方へ向けて、演劇・演技のツールを生かした「生きる練習」時間を解放していきたいと思っています。

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