俳優の努力とは習慣化である!「書く」ということからも考察する習慣化の力

俳優の努力とは習慣化である!「書く」ということからも考察する習慣化の力

こんにちは、アクティングコーチ・演技トレーナーの山縣です。
いつも「Acting Life net」のブログをご覧いただきありがとうございます。

演技のことは言葉だけで伝えることの難しさは重々理解しているところですが、少しでも演技初心者の方や、養成所や俳優学校を卒業してもなかなか実践に生かせない方を対象に、私の記事を役立ててもらえたらと考えています。

私のモットーとしては、ブレることはありません。
「日本の俳優のレベルを底上げする」
「演技ツールを一般の方に解放し人生に生かしてもらう」

さて、今回は、努力とは習慣化であるとうことについて。

それを書くにあたって伝えておきますが、私の仕事は、演出家でもあり脚本家でもあります。
私は、俳優の努力するべき内容は、たくさん記載してきました。

今回は「脚本を書く」ことの経験からも話してみたいと思います。

習慣化ということについて考えると、非常にわかりやすいからです。

自分のことについてで恐縮です。

私はこれまで、演劇の舞台の脚本を2〜30本書いてきました。

20代で立ち上げた劇団では、脚本と演出と出演を兼ねて作品を生み出してきたのです。

俳優もそうですが、何かするにあたって、その必要なツールを習慣化していく必要があるということなんです。

筋トレなら、あなたは基本的には毎日やらないと意味ないことを知っています。
ダンサーなら、毎日ストレッチをして柔軟性を持つ意味を知っています。
野球選手なら、素振りやキャッチボール、体力づくり、筋トレが毎日必要だという意味を知っています。
サッカー選手なら?想像に難くありません。

ところが、俳優なら?
作家なら?

となった時に、この基本構造に当てはめて考えない状況下となってしまうんです。
なぜでしょうか?

この仕事の裏の努力(過程)が多く語られていないからかもしれません。
また、才能や感覚でやるものだと盲信しているからかもしれません。

今回は、その仕事の裏について言及したいと思っています。
習慣について少し個人的な話をもとに記述する回になります。

脚本を書くことについて、20代で感じたこと

先にお伝えした私が20代で立ち上げた劇団でのこと。
初回の3公演を終えた当たりから、次公演のアイデアをメンバーが持ち寄って提案して、面白そうなものを選んで、そのアイデアを出した人が作家として書く。
話し合いでそんな状況になりました。

私が書いて演出してといっただけのスタンスではなく、層を厚くしようという意図や、私も俳優として役作りの時間を費やしたいという思いと、ありました。
(演出と作家を兼ねると、当然自分の俳優としての時間が削ら、なかなか大変です)

結果、どうなったかというと。

メンバーの1人の才能は開花しました。(彼の本はメキメキ面白くなりました)
しかし、他のメンバーのアイデアが選ばれた場合に、私が多くの執筆を結局手伝うことになり7〜8割ゴーストライター的サポートをするという過酷な重労働を担うことになってしまったのです。

文章を普段ほとんど書いたことのない人がいきなり脚本を書こうとすると陥るのは、一人が長台詞で説明台詞をひたすら言う講図。
挑戦するのは良いのですが、さすがに余分な負担が増えてしまったことが否めなかった苦い思い出。

また、書くということに不慣れな場合に当然ながら練習が必要ですよね。
人間を観察し、人間を生きる俳優という仕事をしておきながら、その背景をすっぱり抜いて走り出した若気の至りだったかもしれません。

全員攻撃、全員守備みたいなつもりでした。
それができたら確かにすごい団体になったと思いますが・・・。
ゴリ押しで進んだ劇団の疲弊度(特に脚本執筆の手伝い作業)は正直半端なかった記憶があります。
書けないと泣きの連絡で、メンバーのバイクの後ろに乗って駆けつける、深夜から明け方まで続く対応・・・。

メンバーは、アイデアこそ面白いが、書く技術がなかった。
ただ、それだけなのです。

そして、言い換えれば、そのための努力をしてきたわけではなかったということ。

しかし執拗にそのスタンスにこだわり始めたこの内部事情により、私はなぜかゴーストライター的な気持ちと、自分の可能性を潰していくことを感じて、劇団そのものを代表でもあるにも関わらず、卒業しました。

私が自身の劇団を卒業し、30歳前に自身で出直した理由はその辺にあります。

当時の劇団は、メンバーの営業努力や予算を抑える力も素晴らしく、作品を作るエネルギーや本気度も高く、評価が高まっていました。

動員数も増え、人気がアップし、雑誌にも紹介され、有名劇団の俳優たちがお手伝いにきてくださるほどの劇団だったのですが、書けない脚本のフォローにまわったほぼ私の作品を他のメンバーが書いたことになって発表されることに限界を感じていました。

ほろ苦い思い出ですが、ポイントは、「メンバーは、アイデアこそ面白いが、書く技術がなかった(1人を除いて)。そして、書く努力をしてきたわけではなかった」というところ。

それでも何度も書いていけば習慣化となって、スキルアップした可能性がありますが、すでにある程度のクオリティで公演されていた我々にとっては厳しい状況でした。

書くという習慣について

私は、小学校の5〜6年時、学級新聞をほぼ毎日書いていた経緯があります。
「なんだ、学級新聞か」と思うかもしれないですが、A4の紙に新聞のように三分割して書いていく文量はなかなかのものでした。
月1回ではありません、毎日です。
平日ですので、週5本の執筆ですね。

小学校5〜6年と担任が同じで、その先生が作家でもあり、本を執筆している方でした。
モノの見方が面白く、本質を教えてくれているような、それでいて自由に発想させるようなそんなスタンスだったと思います。

最初こそ週1回程度の新聞が、だんだんと書くことを褒められ、クラスの中でも数人が毎日書くような状態になり、私も負けじと毎日書くようになって、それが継続されていたったようなもの。

教室や家に閉じこもって書くようなガリ勉スタイルを思い浮かべますか?
故郷山口県下関市のど田舎で、山も川も海もあり、どこでも全力で外で遊び、グランドでサッカーに勤しみ、神社のある公園では全力で鬼ごっことかくれんぼで泥んこ少年でした。

家に帰ってから、1時間程度の時間でサクサク書いていたのが学級新聞です。
映画好きだから、映画のことを書いたり、消費税が始まった時は、そのことについて書いたり。ビックリマンシールのシールだけ取って中身のお菓子が捨てられる事件を追ったり、さまざまなジャンルを書き続けました。

それはもう習慣で、思いたったらスラスラと書ける状態になっていったのです。
極め付けは、宮沢賢治の「やまなし」という作品や、教科書の小説などの評論文を原稿用紙で最低20枚は書くという課題に勤しんでいました。

そう、書くという習慣が備わる機会を自然に2年間で得ていたのです。
当然、誰もが毎日書いたわけではありません。
人それぞれ数日で1枚の新聞や、1週間に1枚のペースなど自由。

それでも、書くことが得意不得意があったり、得意分野、そうでない分野があったりとしても、それぞれが「書く」ということで変化した文章力を知る機会を得たました。

ここでのポイントは、習慣で書き続けることは、書くことが苦手でもある分野では書けたり、遅筆でもある程度のものを書く力を得れるということ。

脚本の執筆の始まりは小学校4年生から

これもまた小学校の頃の話。
小学校4〜6年生の頃、クラスで月1回程度で開催される隠し芸大会(全員参加)を楽しんでいました。
ものづくり・クリエイティブな楽しみですよね。
誰が1番面白かったのか(グループでもOK)を投票で決めるような大会。

実は、私は、ほとんどの会を優勝で飾りました。
C-C-Bのモノマネから始まった私のアイデアの芸は・・・だんだんと物語をモノマネしたり、脚本を書いて短い演劇をするようにもなりました。

自宅に友人を呼んで、演劇の練習をしたりしました。
宿泊訓練と呼ばれていた、臨海学校のようなところでグループで何かを発表する際も、口頭で脚本を伝え演出して主演するというあらわざで、爆笑を誘ったほどモノづくりの楽しさにハマっていました。

学級新聞での執筆と、演劇の走り(たわいもないですが・・・)が始まっていたのです。

今にして思えば、私の芸能活動が始まった(笑)ような状況かもしれません。
才能ではなく、習慣化された日々のものから、技術が積み重なっていったのです。

余談ですが、中学校はクリエイティブなものはなく、非常に窮屈だったことは言っておきたいと思います。
体育会系の担任が続き、正直アート感覚や文系の才能を伸ばすといった思想に乏しい世界。
愛情ある先生でした、ということはフォローしておきます。

誰だってある最初の一歩、それを否定しているわけではありません

脚本を一本書くということは、初めての方は特に大きな挑戦です。
最初の一歩というのは誰にでもやってきます。
あなたが書きたいのであれば。

私はその一歩を否定しているのではありません。
書いてみてダメならさらに書いてを繰り返せる努力だったり、なんでもいいから書くという練習を初めていく努力だったりができる力が必要であるということ。

努力の量や書く能力のポテンシャルは人それぞれ。
しかし、書き続ける行動は選択できるのです。
その選択で、その人にとっての大小の変化はやがてやってきます。

書くことが格段に上手くなるという保証はありませんが、大なり小なりの「変化」は起こり得る。
ということです。

適材適所という言葉より、適目的適努力

適材適所という言葉があります。
あなたが、書くのが苦手ならアイデアを渡して、書ける人雇えば良いのです。
効率化ですよね。

それでも自分で書きたいなら、頑張って書き続けていけば良いのです。
結果はともかく。
自分の目的に適した努力をしてくこと。(造語ですが適目的適努力)

俳優も同じです。
あなたに才能があるかないかは別として、努力する力があるかどうか、なのです。
(私は才能が重要とは感じていません)

俳優という仕事をするにあたって、必要な努力をしていられるか?
追求していられるか?
が問われるということ。

ダンスの振り付けのように、やったらやった分だけ覚えらて形になっていく。
といった形では非常に見えにくいのが演技の舞台裏。
舞台裏とはつまり、演技トレーニングなんです。

上手くいくかいかないか、ではなく努力できるか。
その努力とは、演技トレーニングの「習慣化」、
脚本読解についての俳優脳で考えていく「習慣化」なのです。

俳優の努力とは習慣化であるーまとめー

余談ですが、30代に入って、素晴らしい俳優との共演をしました。
その方は、メソッドアクティングの素晴らしい俳優で、演技トレーニングを自分にしっかりと課して努力家でした。
その方は、今後は自分のアイデアを舞台という形にしたくて、自分で脚本と演出を兼ねてやる企画に私を誘ってくれました。

私はメソッドの演技トレーニングをする機会もあり参加。

しかし、その俳優は脚本を書くのが初めてで・・・アドバイスどころのレベルではありませんでした。
ほぼ9割を私が執筆し、なんとか形にして公演。

この時はさすがに、「最初から依頼してくれていれば」と思ったものです。
俳優としての努力と同じように作家としての努力を惜しまずにトライしていればきっと違ったでしょう。

多くの台本を読み込んできた経歴があっても、本を読むのが大好きでも、書く力と比例しているものではありません。
素晴らしい俳優が、素晴らしい作家となる可能性は大いにありますが、その裏で俳優として磨いてきた努力ほどの努力をしないままに執筆に入っていく姿を見てきました。
それはとても悲しいことですよね。

最後は少し話が脱線しましたが、あなたが俳優をやるにしても、脚本家をやるにしても、そのやるべき努力の「習慣化」をしていく努力が問われます。

いきなり才能を発揮する人も、この世界にはいるでしょう。
誰もが才能があるのは自分かも?と思いながらやっていきますが、そうでないと分かったら、やるべきトライをし続けてください。
私はそのトライを応援します。

あなたが、アルバイトで仕事を覚えるように、あなたが職場で仕事の内容を覚えるように、俳優として、作家としてやるべきことは、至極当たり前のもの。

俳優なら、俳優トレーニングであり、日常でできること。
作家なら、書くこと。
それです。

俳優が日常からできることは、この記事でも伝えていますので、ぜひ参考にしてくださいね。

最後に

ここまで読み進めてくださり、ありがとうございます。

もし、記事を読み終えて「頭ではわかったけれど、自分の場合はどうなんだろう?」と少しでも感じていらしたら、一度私と話をしてみませんか。

演技の技術、表現の壁、あるいは日常のコミュニケーション。 一人で考え込むよりも、対話(セッション)を通じて今の感覚を言葉にしてみることで、驚くほど道が開けることがあります。

月に10名様という限られた枠ではありますが、あなたとお話しできるのを心から楽しみにしています。