演技で「何も感じない」「何とも思わない」に陥ってしまう俳優の感情解放へ向かう習慣

演技で「何も感じない」「何とも思わない」に陥ってしまう俳優の感情解放へ向かう習慣

こんにちは、アクティングコーチ・演技トレーナーの山縣です。
演技のことは言葉だけで伝えることの難しさは重々理解しているところですが、少しでも演技初心者の方や、養成所や俳優学校を卒業してもなかなか実践に生かせない方を対象に、私の記事を役立ててもらえたらと考えています。

私のモットーとしては、ブレることはありません。
「日本の俳優のレベルを底上げする」
「演技ツールを一般の方に解放し人生に生かしてもらう」

さて、表題の件。
私は、レッスンの前などに「最近どうだった?」「楽しいことがあったら教えて」「どこ行ったの?」「嫌なことあった?」など色々聞いたりします。

俳優の演技トレーニングは、日常に潜んでいると伝えてきました。
また日常・日頃から何ができるか、ということも伝えてきています。
その一環としても、自分の「快・不快」に敏感になって欲しいと思っています。

そうした取組の中で、アクティングコーチと俳優との関係があったうえで聞いてるということなのです。
1週間ぶりの再会が多いですが、その中でこんな応えが返ってくることがあります。

有斗さん

この1週間どうだった?何か楽しいことあった?

生徒さん

えっと、特に何もなかったです

その俳優に何ら悪意があるわけでも、反発心があるわけでもなく、何気ない会話として返ってきた返事。
しかし、こうやって応えている習慣も悪循環の心の癖かもしれません。
あなたの感受性そのものが開かれてこそ、の演技の世界なのですから。

私は何気にもっと聞いていきます。
すると、「あっ!」と思い出したかのように話始めてくれたりします。

そして、問題はここからなのです。
その心を閉じたままで演技をした時、何も感じなかったり、何も思わなくなったりするケースが起こりえます。
それは避けたいですよね。

感じること、を一生懸命思おうとして考えていたり、そもそも心に蓋がされてしまっていることもあります。
結論から言うと、いきなり改善することではなく、自分を知って、これからお伝えする改善方法を習慣化していきましょう。

日常からの刺激をスルーしてしまいがちな俳優

日常のことを聞いて、自分の深層心理に問うことなく「特に何もない」といった1週間の感想の中に心配があります。
毎回聞く私の何気ない質問ですが、そう毎回聞く、のですから。

あなたが家族がいる家の中で「あ、ペンがない」と思い、親や兄弟に「ペンない?」と探す前に聞く心理と近いかもしれません。
目の前にあるのに聞いていたりすることありませんか?
そう、探しもないで聞いてしまう習慣です。

もちろん、私に対してオープンになっていないこともあるかもしれません。
1週間生きてきた中で、小さなつまずきは無数にあり、小さな嬉しさも無数にあるのです。
いちいち全部覚えていないとしても、行動した場所や関わった人、すっとその糸を辿るだけで色々と蘇る記憶が存在しています。

そう、アルバイトのこと、学校のこと、演技のこと、結果的にさらにつつけば出てくるのです。
演技は、色々なことを自分ごとにしていきます。
あなたが日常を閉ざさないよう、体験したことを時々振り返って欲しいのです。


そのためにも習慣から変えていく力も必要なのです。

俳優の心を閉じ込める言葉「普通です」という返答

「AS IF」というような想像力を開く素敵な魔法の言葉があるように、逆にあなたの心を封印するような悪い魔法の言葉も存在します。

それが、何かの返事に対して無意識に出てくる「普通です」です。

有斗さん

朝ごはん、クロワッサン食べたんだ。美味しかった?

生徒さん

え、別に普通です。

有斗さん

別の話)
え?肩がぶつかったの?なんか感じなかった?

生徒さん

え、別に普通です。

有斗さん

別の話)
その映画、面白かった?

生徒さん

普通です。

さて、この会話であなたは何を感じますか?
流行り言葉とまではいかないにしても、違和感を感じる方いますか?
無自覚のまま、使用されている言葉かもしれません。

言葉の中身、意味においては、こう応じているのと同じです。

普通です=それ以上聞かないでください
普通です=話を終わらせたい
普通です=話したくありません

もしも、「普通」という本当の意味において使用しているのであれば、さらに無自覚なこと。
あなたにとっての普通は、私にとっての普通とは違います。
だから、興味深いので、もうちょっと聞かせてくれませんか?
という意図を私は返していくことになるのです。

あなたが、この「普通です」を大事な相手に無自覚に使用していたり、何気なく使用しているのであれば、どうかちょっとだけ見つめてみて、言葉を換えてみて欲しいのです。
例えば、「その時の感覚が思い出せないんです」と。

あなたが「感じなくなる」習慣の言葉のひとつかもしれません。
「普通です」は会話を終わらせる力があるのです。

俳優の「何も感じません」「何とも思いません」が隠しているもの

生徒さん

昨日、もの凄く〇〇に怒られてしまったんです。

有斗さん

え、それに対してどう感じたの?

生徒さん

別に何も感じません

こういった回答は時々、あるのです。

有斗さん

イラっとしたとか、嫌な気持ちになったとか、なんかなかった?

生徒さん

慣れてますから

生徒さん

別に思いません

などなど。

言うのが面倒、関わってほしくない、と思って「普通です」と同じように使用している可能性があります。
この返事においては、本当は潜在的にかまって欲しいという声が聞こえてくることもあります。

自分から相手と関わるのではなく、飽くまでも関わってもらう側としての言葉。
合わせて相手への興味が発生しないのです。

詳しく聞くと、「弱さを見せたくない」「自分の変なところを見られたくない」という生きてきた時間が垣間見れたりするんです。
アクティングコーチから見て、その心の習慣が見えてきてもなお本人は「何も感じない」と思い込んでいたりする場合があります。
それが1番、心配なこと。

大事なのは「何も感じない」ようにしなければ(思い込まなければ/振る舞ってこなければ)生きてこれなかったということなのです。
言い切っては問題がありますので、その可能性が高い、という意味で捉えてください。
言い換えると「無意識に作り上げた心の防波堤」が何も感じなくさせている、ということ。

その状態のまま、対話して相手と関わって演技することは非常に難しい。
本能的にさっと起きた感情を引っ込めてしまうからです。
或いは、まるで出てこなかったりします。
まずは、自分と向き合っていくこと、それからがオープンナップの始まり。

そして、その手助けをしてくれるのが、リラクゼーショントレーニングなのです。
俳優でなくとも、無意識の「心の防波堤」は早期発見、早期認識、早期放出、手放すことに向かっていきたいところ。
これが年齢を重ねれば重ねるほど、鬱状態のようなものになって大変なことになっていくのですから。

俳優は自分を知っていくことが役と人間理解に繋がる

思春期で大人に言いたくない、関わりたくない、と自分の義務教育時の先生や親への気持ちや捻れを、そのまま演技講師の前に持ってきてしまう場合もあるでしょう。

それでも俳優になりたくて、我々アクティングコーチの前に頑張ってきたのです。
我々が最初にできることは、自分のことをちゃんと知ってあげるお手伝い。

生徒の中には、深呼吸をちゃんとすることで楽になったとか、本当は嫌だって気がついたこと、など変化が生まれてくる人もいます。

自分を知って、詰まっていた呼吸をリリースしていく、それはため息や堰き止めた感情を深呼吸にして外へ放出していくことを意味しています。

感じたら、即ためないで呼吸で出していく練習からしていければ、やがて声に乗せていけます。
その声に出ていく内容は「あああああ」で良いのです。
そうすれば、やがて体と呼吸と声が自然に繋がっていくようになるのですから。

まとめ

結論、あなたは「何も感じない」人でもなく、「何とも思わない」人でもない。
そうしないと、これまでやってこれなかった人との関わりがあるということを認識すること。

傷つかないように、頑張ってきた可能性があるということ。

飲み込んできた言葉や喜怒哀楽の蓋を、演技レッスンの場では少しずつはずせていけるようになります。
それは大なり小なり、どんな人にもあって、全てに試練があるというか、演技トレーニング中に感情にブレーキがかかることがあります。

習慣を変えていくポイント

もし、自分が対話しながら、或いはレッスン中でも「何も感じない」「何とも思わない」といったことがあったら、どうかそうなっている自分を受け入れて、頑張ってきたねと褒めつつ、原因を見つめていってください。

そして、呼吸が浅くなっていたり、詰まっていたり、止まっていたりしたら、体の中をすっきりさせるつもりで
深呼吸をしたり、深呼吸と一緒に体を伸ばしたり、声に出して、外へ外へと呼吸や声を出していくようにしましょう。
それが習慣になれば、あなたの心体の楽器はやがて響きを取り戻していきます。

もし、あなたがそんな習慣があると感じたら、上記ポイントでトライしてみてください。
一歩ずつ、一歩ずつです。
感情が解放されていく道をゆっくり作っていくつもりでやることです。

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