んにちは、アクティングコーチ・演技トレーナーの山縣です。
演技のことは言葉だけで伝えることの難しさは重々理解しているところですが、少しでも演技初心者の方や、養成所や俳優学校を卒業してもなかなか実践に生かせない方を対象に、私の記事を役立ててもらえたらと考えています。
私のモットーとしては、ブレることはありません。
「日本の俳優のレベルを底上げする」
「演技ツールを一般の方に解放し人生に生かしてもらう」
さて、今回はアクティングコーチについて。
私たち演技講師やアクティングコーチがうまく説明できない、言語化できない、そんな場合もあるかもしれません。
私はこれまでも出会った生徒や俳優に、これまでのことを聞いたりします。
どんな演技トレーニングをしてきたのか?
どんなレッスンを受けてきたのか?
などなど。
発声や滑舌、ダンス、台本を使ったレッスン。
そういうことしかしていなかったりして演技方法を知らない方もちらほら。
またメソッドアクティングや演技トレーニングをしたけどもどんな内容だったかは言葉でうまく説明ができません。
そうですね、俳優はそれで良いかもしれないのです。
いいえ、本当は説明できるようになっても欲しいのです。
その方が、認識力がぐっと変化するから。
私が人に演技を教えたり、伝えたり、演出をするようになって四半世紀。
全然未熟だった20代の頃も数えての四半世紀ですが笑。
その失敗から学んだこと、などから、言語化する重要性を考えてみたいと思います。
20代で立ち上げた劇団で受けた演出家としての洗礼

大阪の大学を卒業後、上京してすぐに入った事務所内のメンバーで劇団を立ち上げました。
若気の勢いに乗っていたのもありますが、1回目の舞台の成功と手応えを受け、前のめりになっていた2回目の舞台の稽古の中でのことでした。
バーのマスター役Kとアルバイトのバーテンダー役Aの2人のシーンでのこと。
何度そのシーンを挑戦してもらっても、2人の親密さが感じられなかったのです。
脚本と演出を担当した私も、どうやったらそれが生まれるのか分かっていない状況。
しかし、俳優にはリクエストし続けました。
その瞬間、バーテンダー役のAが突如、激昂したのです。

じゃ!どすりゃいいんだよ!!
こっちはやってるつもりなんだよ!!
わかんねぇよ!!
あまりの激昂ぶりに、怯んだと同時に、私は思ったのです。
「俳優にどう実践させればうまくいくのか、その方法をよく知らない」と。
駆け出しの勢いでしかない私でしたが、人一倍努力して研究している自負はありました。
そして、演出家は俳優にリクエストするだけで良いのだと思い込んでいたのでした。
上の立場から物を言うのだと、どこかで思っていたことにも気がついたのです。
なんせ、そこで出会った某監督は周りが媚びを売るほどジャイアンのような人でしたので、そういう世界だと思っていたし、演出家や監督業は全てを見渡して欲しいものを言えば、相手(俳優)から返ってくるもんだと。
恥ずかしや・・・です。
言語化してリクエストできない演出家や監督

カメラの撮り方や画角、順番、カット割など説明できる人はいても、当時は演出の仕方を教えてくれる人はいませんでした。
認識としては、見栄えよいように人を配置するとか、立ち位置の指示などぐらいでしょうか。
演技については、その事務所の怒涛のレッスンの中でビジョンを持っていましたので、自分で演技する分には見えているものがありました。
しかし、演出家として自分ではない相手(俳優)に要求する場合、相手(俳優)から演技を引き出す方法など知る術もなかったのです。
そして、こうも思ったものです。
どう演じるかを教える(演技指導)んじゃなくて、演出をしたいんだ、と。
子どもじみた対応をしていた大人たちが存在してきた歴史があるのです。
自分の言葉が届かず、怒鳴ったり、キレたりして伝えていた先人がいました。
また俳優としては素晴らしいが、ご自身の劇団では言葉で伝えることができずダメ出しばかり怒号で伝える著名人もいます。
超有名な劇団の演出家は灰皿を投げた伝説もあります笑
「できないのは俳優のせいで、演出家は指示を出すだけで良い、あとは俳優が応える力があるかないかだ」だと思い込まそうとしている世界観の可能性も感じます。
演技と俳優の内面を知らずして、演技を引き出すことができない

舞台演出の仕事は脚本を解釈・分析し、証明や音響、舞台装置を考え、指示を出す人といった認識かもしれません。
しかし、私は30歳を前にして演出家は俳優の想像力を刺激し、自ら動いていけるようにする力も必要だと分かりました。
そして、演技と俳優の内面を知らずして、演技を引き出すことができないことも。
テレビの撮影現場でも、「監督が演技を知らないな」と思うことが何度かありました。
映る絵(どう見えるか)しか見ていないこと。
※そうでない監督ももちろんたくさんいると思いますが、出会ったのがそうでした、ということですね。
舞台では演出家自ら俳優だった人や、現役の俳優の方だったり、というケースも多いにあります。
しかしながら、俳優は自分の体験を言語化できる人はそんなに多くありません。
そして、ついつい「お手本」や「自分だったらこうする」といった演技をやって見せてしまい、それが正解と思わせてしまうのです。
俳優の良さを引き出すどころか、想像力を奪い窮屈なことをしていますよね。
演出家がやってみせてはいけない理由はこちらの「監督や演出家の指示に俳優が対処するための考え方」を確認してください。
メソッドアクティングの演技トレーニングの中で

私は、演出としてもそうですが、俳優としても、心理学や行動心理学を勉強し、人間の行動やその動機、深層心理について色々と発見しました。
子どもの頃の体験やトラウマが、あらゆる行動に影響を与えていること。
それを本人は無自覚である場合が多いこと。
鬱が起こるその深層心理。
そこでメソッドアクティングと出会い、人間の可能性を引き出すこと、無意識を自然に放出していくこと、それらが全て繋がっていったのです。
目から鱗でした。
そして、海外のメソッドアクターたちの名演技の理由が見えてきたのです。
アクティングコーチとして私がレッスンした場合、実践との結びつきも伝えたりしますが、それらが言語化できるのは、そういった心理学の学びのおかげでもあり、且つ俳優として演技トレーニングでうごめいた自分の心理体験と行動体験があるからです。
メソッドアクティングを体験したことがない、ほとんど素人の人でも、飛躍的に名演技を引き出すことが可能なのです。
それは一過性に過ぎませんが、演出家としては可能です。
時折、本人も驚き、周りも驚きます。
しかし、それを体験すると、リアリズムの演技に必要な要素がうっすら見えてきて、演技トレーニングが実践に繋がっていくことも多く、先にゴールを体験させることで言語化していくことを私は時に実行します。
私が言語化できるのは俳優目線に立てるから

さて、演出家としての話が長くなってきまいたが・・・演技講師、アクティングコーチに話を戻します。
私が思うに、講師は俳優が自ら必要な要素を準備して監督や演出家に対応していく力を持たせていくことがひとつ仕事です。
メソッドアクティングは、基礎も実践もみっちりの反復です。
時に演技トレーニングのための演技トレーニングが存在し、それらを実践に生かせていない人をみます。
理論的には分かっても、体験できない人もいます。
よく分かっていない人もいます。
シーンの中に入る前、、入った時、準備と演技トレーニングの実態が分かれてしまっているが原因でもあります。
演技トレーニングの体験と発見を繰り返していく感動で終わってしまっている。
実践に生かすことは俳優に託されている、といった状況かもしれません。
俳優が演技トレーニングを実践に繋げれないのは、演技講師・アクティングコーチの責任ではないかとも思ったり。
実践にどう繋がるのか、実体験で言葉と行動で(トータルして言語化)引きだせる人が思ったより少ないかもしれない。
まとめ

今回、何が1番言いたかったかというと、あなたが演技を理解できないのは演技講師・アクティングコーチが原因の場合があります、ということ。
講師そのものも教えられたようにしか教えることができなかったり。
人ですから、もちろんそうなりやすい。
しかしながら、ご自身が講師に教えられたように頑張って伝えようとした場合、なかなか伝わらないことがあるのではないでしょうか。
それは人によって知識も体験度合いも、演技へのモチベーションも、人格も性格も全然違うからです。
あなたが分かったと思ったように、隣の人も分かるわけではないのです。
ある講師は「どうして分からないのかが分からない」と思っているかもしれません。
それって講師が人間理解の旅から降りようとしていることになります。
あなたという人間を理解しようとしながら、演技トレーニングから出てくる色合いを実践に生かせるようにトレーニングしていく。
そして、役を生きるサポートをしていく。
それらがアクティングコーチ、演技講師の役目ではないかと考えています。
一人一人違うからこそ、言語化する能力が必要なのです。
そこに私の需要も大きくあるのだと感じています。
































いやぁ、もっと親密さが欲しいんだけど・・・