こんにちは、アクティングコーチ・演技トレーナーの山縣です。
いつも「Acting Life net」のブログをご覧いただきありがとうございます。
演技のことは言葉だけで伝えることの難しさは重々理解しているところですが、少しでも演技初心者の方や、養成所や俳優学校を卒業してもなかなか実践に生かせない方を対象に、私の記事を役立ててもらえたらと考えています。
私のモットーとしては、ブレることはありません。
「日本の俳優のレベルを底上げする」
「演技ツールを一般の方に解放し人生に生かしてもらう」
さて、今回は「相手と関わること」について。
私は色々な場所で演技講師(アクティングコーチ・演技トレーナー)をしています。
その中でも、シーンの読解とシーンの中で役が目的を使って行動することを実践していく中で、俳優がぶち当たるのは「相手となかなか関われない」という事実なのです。
これは、実はなかなかの衝撃でもあり、ずっと課題でもありました。
あなたの演技は自分勝手と言われたり、
相手の感情を受けていなかったり、
相手の台詞をちゃんと聞いてと言われたり
したことはないですか?
リラクゼーションをして、感情も解放され、鋭敏な身体になり、レペテションをして、目的をもって行動したとしても・・・
潜在的に相手と関わることを怖がっていたり、関わり方が経験がなくて行動できない、そんな局面にもぶつかるからです。
こんな経験はないですか?
そうなんです。
私たちは知らないことだらけ、経験していないものだらけ。
完璧に一発OKなんてものは、レッスンではあり得ません。
失敗して良い場なのです。
つまり、人と関わる失敗をして初めて、人と関わることになるのです。
結論!
演技は生きる練習、経験の練習、失敗しましょう!
人と関わったからこそ自然と生まれた人望という役作り
相手と関わるということは、あなたが相手に心を開いて、傷つけられても良いという前提で接することなのです。
そのような経験を積み重ねることで、相手と関わったアクティングが自然に生まれていくといっても過言ではありません。
みなさんはご存知でしょうか、真田広之さんの活躍を。
エミー賞最多受賞の「SHOUGUN 将軍」、ゴールデングローブ賞でドラマ部門主演俳優賞受賞の真田広之さんの筆頭の快挙が起きていますが、実はその人柄も役の中に宿っています。
たとえば、7年かけて制作されたこのドラマは、日本語で話すことや所作やキャストが日本人であることなど多くのこだわりを持って制作されています。
その中で、「もういい!分からないなら!」とキレて終わってしまいそうな局面もきっとあったに違いないのです。
真田広之さんも出演し話題となった日本が舞台の映画「ジョン・ウィック:コンセクエンス」(キアヌ・リーブス主演)や映画「ブレット・トレイン」(ブラッド・ピット主演)。
いやいや日本が舞台設定なのに、その描写はどうしてそうなったのか、と日本設定にも関わらず思うところはたくさんあったでしょう。
芸者を題材にしたスピルバーグ製作の「SAYURI」も主演だけはなぜか中国のチャン・ツィーさん。(素敵な俳優さんです)
脇役は日本人で少しかためるも、日本の描写がなんだか変といったことがありました。
日本っぽさと独自創作で日本の設定はほぼOKといった世界観で描かれた日本が多数の中。
そんなハリウッドの中にいて、真田広之さんが日本設定でプロデューサーとしても交渉してきたのは、熱意や説得力があってこそ。
そして撮影中には、他の出演者の殺陣や所作などの観察とチェックと指導。
俳優という枠を超えて行動に移しています。
それが日本を出て海外で仕事をしにきた他の日本の俳優にとってどれほどの安心材料だったでしょうか。
想像にかたくありません。
知らない地で、同じ県出身の人に会うと嬉しくなったり、安心したりしますよね。
その人が、まさかの偉人とあればすごい安心感と胸熱ですよね。
それと同じです。
真田広之さんは、土台を支えてきたプロデューサーであり、しっかりと出演者やスタッフに気を配らす目線を持った方。
それがまさに、主役の吉井虎永役の人望と合わさって役としても生きているのです。
リスペクトと信頼を得たその佇まいは、衣装を着ている着ていないにも関わらず存在感を持っていたに違いありません。
映画「ラストサムライ」以降、多くの失敗や交渉のずれ、日本人役の所作やあり方のズレで苦しんだ経験があるからこそ、痛みを知りながら相手と接することができる。
辛抱強く交渉ができるからこそ、策略家の吉井虎永の言うことに自然に動かされる人があり、動かされない人には力ではなく、関わりながら別の行動を取っているのです。
関わってきたその経験がそのまま演技としても対話で生かされている可能性が非常に高いといえます。
行動が自分勝手になり対話をしない演技

私が関わった現場、俳優たちにおいても基本的に一方的になりやすいことを感じています。
もちろん指摘し自覚しながら変化していくのです。
目的を持って行動しても人を無視したり、相手に関わらず自分本位な行動を取ったり、一方的だったりすることが非常に多い印象を受けます。
会話が日常から一方通行となっていないか心配になります。
またこの目的を達成するためには手段を選ばない、というか相手は犠牲にして良いといったようなものが潜在意識があるのかもしれません。
相手を犠牲にしても突き進む場合、その相手はなかったことになりますので、相手は不要な人物になってしまいます。
しかし、犠牲にしたことに根底で胸を痛めながら踏み越えたのであれば対話が生まれたことになります。
その場合は、関わったといえるのです。
無意識で相手を動かして生きているのです

相手にどうして欲しいか、相手を動かすための目的を持って行動するの役の仕事。
しかし、自分が無意識にも意識的にも相手を動かしてきたことの自覚もないままの人であれば、「相手を動かす」ことがどういうことだったのから理解できないでいることもあります。
その無意識でやってきたことを、あなたは意識化におくことや、経験をしなおす必要があるかもしれません。
その体感・実感があるのとないとで、シーンの中の「真実の感覚」に
あなたは母親や父親、あるいは甘えらる相手において、無意識に相手に自分の都合のよいように行動させるよう対話しているのです。
障害を無視したり跳ね除けたりしながら突き進む人が意外と多い

障害を障害とも思わず、というか感じきれず、目的に突き進む人も多いという実感。
例えば、友人と遊びにでかけるシーンだとしましょう。
あなたは友達と一緒に遊びにいく際に、相談もせず、昼ごはんを食べる場所も勝手に決められ、遊ぶ場所も勝手に決められ、連れ回され、自分の意思決定が全く反映されないまま動かされたらどんな気分ですか?
極端な例で、ある種の縮図ですが、こういったようなことが演技でよく起こります。
勝手に連れ回した人は、あなたの様子が気にならないような状態ですよね。
レペテションが生かされていないともいえます。
あなたが満足していると勝手に思い込みながら、最後に「ありがとう、おかげで今日は楽しかったよ」と言ってしまえるくらいの勘違い感ですよね。
相手に関わる目的に向かって行動しているわけですので、相手の反応を大なり小なり気にしていくことが必須であり、時に障害であるのです。
以下のような目的だとしても、そうなってしまうのです。
あなたの目的:わたしに興味を向けさせる(連れ回される人)
相手の目的:あなたを楽しませる(連れ回す人)
あなたがたとえ無抵抗で台詞がなく何もできない役だとしても、意思決定ができない悔しさを相手に分からせる行動を表情や指や動かないことで示す可能性はあるでしょう。
そして、勝手に連れ回す人は、無視するのは相手の痛みを感じてるからこそ無視するのであれば相手に関わっているといえるでしょう。
或いは、楽しんでいないと感じながら、築いたり悲しくなったりしながら「楽しませよう」とするかもしれません。
それが関わるということ。
対話能力あってこその演技であること

今の10代、20代は、スマホが当たり前に存在している世代。
そして、30〜50代も、その恩恵にどっぷりと浸かり続けている世代。
人と関わることは正直面倒くさいので、文字で連絡して文字で返信をもらい完結することが楽だと感じますよね。
お互いに一方通行であること。
文字も面倒なので、スタンプや略された言葉などで、行間を勝手に想像させることで成り立っていますが、その行間が共通認識同士でないのにやってしまい誤解を与えながらトラブルにもなり得ています。
当然、会って話せば誤解というのは解けやすい。
けれども、その対話に友人同士でも慣れていない部分が見え隠れするのです。
それらを自覚し認識しなおしながら、浅い経験や薄い経験、不足部分を補う楽しさを日常やレッスンで見いでしていければ対話能力は磨かれます。
これははっきり言いますが、対話能力は「磨かれる能力」なのです。
演技レッスンにおいて、日常取りこぼしてきたこと、できなかった経験を安心して経験できるのです。
積極的に相手に関わりながら、苦しみ、傷つき、楽しみ、笑い、をしていくこと。
演技レッスンや演技トレーニングは、試されている場所ではありません。
どうか安心して失敗できる場所であることと捉え直してくださいね。
まとめ

演技の上で必要な対話能力は「磨くことができる能力」と説明しました。
逆もしかりで、「磨かなければ伸びない」のです。
磨き忘れた能力のまま、いくら体を使って無意識を呼び覚ましたとしても、潜在意識下で逃げ隠れしてしまい相手と感応し合えないということを学んできました。
・対話能力は人生経験の積み重ねも反映する
・相手に関わることをしないまま行動をしやすい習慣があるかもしれない
・相手に関わることは面倒くさい、それが経験
・演技レッスンは失敗して良い場所
自覚→認識→関わる→冒険→失敗→発見=生きる練習=対話
跳ね返すより、受け入れ、傷ついて、返事することが対話。
価値観をすり合わせるということが対話。
お互いフェアにぶつかりあっていきましょう!
こんな方におすすめです!
・自分の演技に自信が持てない
・養成所や演技スクールで学んだけど、演技の仕方がよく分からないまま
・演技の基礎が何か分からない
・もう一度演技を学び直してみたい






















行動って・・・どうやって行動したらいいのか分からない