こんにちは、アクティングコーチ・演技トレーナーの山縣です。
いつも「Acting Life net」のブログをご覧いただきありがとうございます。
演技のことは言葉だけで伝えることの難しさは重々理解しているところですが、少しでも演技初心者の方や、養成所や俳優学校を卒業してもなかなか実践に生かせない方を対象に、私の記事を役立ててもらえたらと考えています。
私のモットーとしては、ブレることはありません。
「日本の俳優のレベルを底上げする」
「演技ツールを一般の方に解放し人生に生かしてもらう」
さて、今回は、役を自分ごとに置き換えて考えることについて。
といった疑問に対して応えてみたいと思います。
自分ごとに置き換えて考えることを示唆した際に、よく起こる疑問です。
結論からいうと、自分に役を引き寄せるのではなく、役の目線にたって考えるために自分に当てはめていくのです。
ですので、役を自分ごとに置き換えて考えることは、自分ではなく役を知るヒントと感覚を得るための方法と思ってください。
役の行動を自分ごとに置き換えるとはどういうこと?

自分ごとに置き換える理由とはなんでしょうか?
この疑問からまず考えていかなければ答えは見えてこないかもしれません。

それは役を知るためです。
その行動の理由を理解し、共感するためです。
役の態度や行動をジャッジしたり批判してはいけない

先日、役に対して「ほんと酷い奴で救いのない役なんです」といった発言をした俳優がいました。
それは、今度出演する役のキャラクターに対して言っていたのです。
私はこう言いました。

親友や大事な人に対して、そんな言い方を本気でしないよね?
ダメな奴って決めつけてない?
ジャッジしないで、そうせざるを得なかった動機を考えてね。
俳優は役をジャッジしていては、役を知ることができません。
どんなに凶悪な犯罪者でも、どんなに聖者であっても、いい奴、悪い奴と短路的に決めつけるのではなく、どうしてそんなことをしてしまったのか?どうしてそうせざるを得なかったのかを考えるのです。
決めつけてしまった場合に、その背景にあるものを否定して、思考停止に陥ってしまう原因を自ら作り出してしまうのです。
つまり、役を理解しようとすること、寄り添うことをせずに、酷い奴で救いようのない奴を演じてしまいがち(形として)。
このActing Life netをご覧の方はお気づきですよね?
そんなことは絶対に避けたいことなんです。
例えば、子どもを捨てて自分の人生を生きる母親の役があったとしましょう。
10年間育てた子どもがいて、ある日、夫も子どもも捨て自らの人生を生きるために家を出た役。
その母親の行動が理解できない、と思う人は多いかもしれません。
逆に理解できるという人も一定数いると思います。
しかし、もしあなたが、母親がそんなことをするなんて考えられない!
すごく嫌だ。
母親としてあり得ない。
と強く思ったとしても、台本に書かれてるのであれば、そういう行動をした人物なのです。
もし理解できないとしたら、善悪、好き嫌い、などのジャッジをせずに、その背景を考えていきましょう。
自分ごとに置き換えて考える例として

自分ごとに置き換えることで、その行動の共感・理解を得ていくことが大事なのです。
母親が子供を捨てて自分の人生を生きようとしたほどの決意や行動は、私にとって〇〇に該当するのではないか?
と想像していくのです。
子どもが生まれて、たとえば10年間!あなたに自分の時間がない、誰かの妻であり、誰かの母親であり、誰かの子どもとして生きてきたとして、あなたに自分のアイデンティティを感じる時間がなかったとしたら?
それはあなたの人生でどの時期やどのエピソードに該当しますか?
何もかも捨てて、自分のやりたいことに突き進もうとした経験はありませんか?
もしかしたら、脱サラして俳優になろうと決意して上京した行動が、役にとって同じくらいの覚悟と決意のうえの行動と等しいのかもしれない。
そう考えると、ただ急に子どもを捨てて自分のやりたいことをしたのではなく、耐えきれない日常が積み重なったり、抑圧があったのかと想像が伸びていきます。
そんな風に想像して当てはめていくのです。
それは役が感じてるであろう感覚や視点に、あなたの経験から近づいていくことを意味します。
その感覚から(視点から)世界を見た時に、役の視点から世界を見たことにつながっていくのです。
決意の大きさを垣間見た時に、役に対する共感が生まれてくるのではないでしょうか。
役の目線で世界を見ると、倫理や正義が「ある側面」に過ぎないことが分かる

物語というのは、役が人生の目的を持って生きている中で、障害にぶつかり、実現できずに何か違う行動をしたり、障害を打破して新しい人生を生きたりします。
役に対して共感し、自分との共通点を見つけていくと、役が言っていた偏見や差別でさえも真っ当に思えてくることもあるかもしれません。(差別は許されるべきものではありません、しかしながら役を理解するうえではジャッジしてはいけません)
差別をする人は、自分が差別しているとは思っていないかもしれません。
むしろ、差別をしているのではなく、血筋を守ることが大事だと必死に守っているのかもしれません。
その人にとっては正義なのです。
役が差別をする理由は、あなたが自分の庭に無断駐車している人に注意するのと同じくらい正論のつもりで言っているかもしれないのです。

そっか!正しいことを言っている感覚なんだ!
万引きを注意したことがあるけど、あの気持ちかも!
役と友だちや親友になること

共感する部分、自分と共通する部分を見つけていくと、その役のことが好きになり、理解ができるようになってきます。
そうすることで、あなたは役の良き理解者、つまり親友や友だちになれるのです。
大事できる存在と変わっていきます。
親友ならより興味を持って、その背景を考えませんか?
そして、その役(親友)が叶えられなかった目的を、あなたが代わりに叶えてやるんだといったつもりで行動していくとさらに役に近づいていけます。
ぜひ、役と親友になってくださいね。
役を理解するための置き換え理論-まとめ-

役の態度や行動を自分ごとに変えていくことは、役を理解するうえで大いに役に立ちます。
別の言い方をすれば、人間理解の役に立つということなのです。
ある役はスイカが大好きですが、ある人はイチゴが大好きです。
ある役にとってスイカが好きな度合いは、私がイチゴが大好きな度合いと同じくらいかも。
と発想していけることで、単純にスイカ大好きな人目線で世界を見ることができるのです。
復習のためにまとめてみました。
- 役の行動を自分ごとに置き換えるとはどういうこと?
- 役の態度や行動をジャッジしたり批判してはいけない
- 自分ごとに置き換えて考える例として
- 役の目線で世界を見ると、倫理や正義が「ある側面」に過ぎないことが分かる
- 役と友だちや親友になること
いかがでしたでしょうか?
もし自分だったら?という考え方では役を自分の方へ連れてきてしまいます。
そうではなく、役の目線へと自分を連れていくために置き換えるのです。
なんとなくでも、自分ごとに置き換える様子と意図が見えてきましたでしょうか。
役の感覚を体験するうでも、また役の代わりに生きてみるためにも、役の視点を大切にしていきましょう!






















役を自分ごとに置き換えてしまうと、私になってしまって役ではなくなってしまうのではないか?
役を生きたいのに、私になってしまうのではないか?